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2007年1月18日 (木)

★☆赤ちゃんも考える人☆★

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 生後1年位になると、赤ちゃんは仮説を立てることが出来るようになると理解されています。母親が視界から消えると、母親はどこへいったのだろうか、戻ってくるのだろうか、そこにいる他人は何をしているのであろうかなどの仮説を立てるのです。

しかしその仮説に対しての答えを持ってない場合には、赤ちゃんは恐ろしくなり心搏の変動を示し、遊びもやめて泣き出すのです。常に側にいるはずの母親が消えることが、赤ちゃんにとっては不安なのです。

 人間は1歳になるまでに、目、耳、口、皮膚などの感覚器から得た情報と、新しい情報との違いを認識し、それに基づいて仮説を立て、それを考えて提示された問題を解決しようとしているのでしょう。そして、得られる情報は常に触れ合いの多い母親が中心となっているのです。赤ちゃんは1歳になると、もう「考える人」になっているのです。

 赤ちゃんは、1歳半位までには、物が近付いてくると防ごうとし、親しい人なら喜び、見知らぬ人なら不安がります。動く物を感ずることが出来るのです。また、eye-to-eye contactによって母と子は心を通じ合うのです。やがては、母親が顔を動かす方向を見るようになり、要求だけでなく注意を引くために指さしが可能になります。

 4歳頃になれば、他人のやることを見て、その心をよむようになり、周りの出来事を理論化出来るようになるのでしょう。

 人間の高尚な精神心理機能は、体を動かすという運動機能や、痛い、冷たいというような感覚機能と平行してともに発達しているのです。そして赤ちゃんが感覚をかいして情報を受けとめ、それに反応して体を動かすとしても、それはけっして単純なものではなく、もっとも信頼出来る母親を中心として、赤ちゃんなりに事態を分析して、行動を起こしていると考えられるのです。

 即ち、赤ちゃんは全ての出来事を、母親との関係の中で仮説を立てることから始めて、それに対応する色々な理論を立てていくようになるのです。

 当然、年齢とともに母親から人間関係は次々に拡大され、さらに環境と相互作用でも出てくるので、赤ちゃんの心は体の成長とともに複雑な機能を果せるようになっていくのです。それが、文化をもつ人間社会に生きていく術の基本となるのです。

<出典元URL>

http://www.crn.or.jp/LIBRARY/KOBY/MIRAI/cbs0112.html

*「赤ちゃんも「考える人」-2」(『新・こどもは未来である』・小林登)

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