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2006年10月 5日 (木)

★☆「食育」のチャイルド ケアリング デザインを皆で考えよう☆★

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現在の日本の食生活は豊かであるにも関わらず、子ども達の食生活が大きく乱れている。私の子ども時代、昭和一桁の頃の食生活は貧しいものであって、何時も空腹という感じでしかなかったが、食べるものは全て「おふくろの味」で、楽しいものであった。

現在、デパートの地下食品売り場に並んでいるような、有名レストランや料亭の料理などは、当時は全く想像も出来なかった。家庭外で料理されて、購入できる食品といえば、肉屋さんの「トンカツ」「コロッケ」くらいで、それも「ハレ」の機会だけあった。思い出すのは、小学生の時の運動会の「かけっこ」で、初めて三等賞をとった時、お祝いの夕食に「トンカツ」と「上コロッケ」(挽肉の多い)を買って来ることになり、肉屋さんの店頭で腹を空かせながら出来上がるのを待っていた時の、油で揚げる匂いである。

「おふくろの味」と言えば、まず「じゃが芋のバター炒め」が思い浮かぶ。「じゃが芋」が好きだったからであると思うが、母親がよく作ってくれた。当時、バターは贅沢な物のひとつで、母親が栄養を考えて、油に少し加えたものであったと思うが、風味は格別なものになった。弁当というと「鮭」が思い出される。母親は、弁当箱にご飯を山盛りにし、その上に焼いた鮭の一切れを乗せ、蓋でギューっと閉める。やがて昼が来て、蓋を開けた時プーンと漂う鮭のあの匂い、そして塩味と鮭の味が滲み込んだご飯の味が懐かしい。特に冬には、教室にストーブが入り、その周りに生徒各人の弁当が置かれ、昼には暖かくなっていた。暖かい弁当は、味も匂いも、また格別であった。

今になって「食育」という立場から考えてみると、そのような貧しい食生活の中でも、常に母親の姿があったことは、それなりに大きな意義を持っていたのではなかろうか。また、家庭の食事と言えば、小さなちゃぶ台を家族一同が囲んで座り、一緒に食事をするのが一般的であった。「孤食」はなかった。食事の始めには、必ずお米や野菜を作ったお百姓さんに、また、料理された生き物の命に感謝する気持ちを「いただきます」と言って表すように教えられた。私の父は熱心な仏教徒だったので、食事の前には仏壇に必ず手を合わせていた姿も思い出す。そこには宗教教育もあったのである。当時の「食育」は家庭で、親によって行われていたのである。

子ども達の食の乱れを直そうという先進的な運動によって、昨年6月に「食育基本法」が成立した。多くの人々がそれによって子ども達の食生活や食習慣の立て直しを始めている。しかし、どのようにするのが良いかとなると、答えはなかなか難しいのではなかろうか。「食育」を昔の価値観で考える事が無理なことは、どなたでも理解されよう。「子ども学」“Child Science”の発想で、「食育」を「チャイルド ケアリング デザイン」しなければならないのである。子どもの「食」に関心を持つ、研究者・実践者が一堂に会して話し合い、学際的・環学的・包括的な立場から問題を分析し、より良い道を探って、子ども達の立場を考えたデザインをしなければならないと思うのである。

一体全体、「食」をめぐる子ども達の現在の問題は何であろうか。小児科医としては、望ましくない食習慣による肥満の問題がまず気になる。それによる糖尿病の若年化、また予備軍の増加である。さらに、思春期の女子に多い、拒食症による痩せも気になる。また、欠食や偏食、そのような状態を起こす家庭環境は、非行や暴力につながる可能性も否定出来ない。さらに、虐待による、食欲の失調、過食や拒食の問題も考えなければならない。子ども達が居場所を失った事により、ひとりで食べる孤食も大きな問題である。そのような子ども達の多くは、現在、食べる喜びをなくし、生きる喜びも失ってしまっているのである。

「食育」には、「分かっちゃいるけどやめられない」あるいは「出来ません」的な部分が大きいのである。子ども自身が自ら決め、納得して自分で良いことをやり抜けるよう大人が教えなければならない。「食育」の場で教えた良い行動を、どのようにして維持するか、継続させるかが重要で、その支援法も研究しなければならないのである。

幼稚園・保育園、そして学校での給食、さらには子ども達自身による料理の果たす「食育」の役割は大きい。工夫すれば多彩な教育が可能なのではなかろうか。それこそ、食事の味を教えることから始まって、食文化まで子ども達に教えることが出来ると思うのである。中学校では、適切な食事量を知るために、糖尿病の食事のエネルギー計算のやり方を教える、さらには物理学・化学・生物学・数学などとも組み合わせて「食育」をするなどが出来ると思うのである。食育の授業は、「総合的な学習」のプロトタイプのひとつと言える。

現在の親達は、食事や食事作りの知識を持っていない人が半分以上になっていると言う。親に教えて、子どもの食生活を改善する方法を取ろうとしても、おおむね不可能であろう。そういった意味で、給食や料理の役割は大きく、もっと進めるべき方法であると思う。給食の時、調理実習の時、何を教えたら良いか、そのカリキュラムを作ることが「食育」のチャイルド ケアリング デザインの柱であろう。その全ては、味覚・嗅覚・食欲から始まって咀嚼まで、食べるという人間的な営みは、どのようなメカニズムによるかを、まず基盤として始めなければならないと思うのである。

<出典元URL>

http://www.crn.or.jp/OFFICE/MESSAGE/BACKNO.HTM

*今月の所長メッセージ(2006年3月3日掲載より)

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